エンターテイメント業界のDXは、
なぜ進みにくいのかCOLUMN / 2026.06.20

「DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めたい」という相談は、エンターテイメント業界でも年々増えています。一方で、製造業や小売業と比べて、この業界のDXは独特の難しさを抱えています。私たちは音楽著作権データの分析システムや、店舗・イベントの売上管理を支援する中で、その“進みにくさ”の正体を何度も目にしてきました。本コラムでは、なぜ難しいのか、そしてどこから手をつければ現実的に前へ進められるのかを整理します。

「アナログだから」では説明できない

業界のDXが進まない理由を「現場がアナログだから」と片付けてしまうと、本質を見失います。実際には、デジタル化したくてもできない構造的な事情がいくつも重なっています。代表的なのは次の3つです。

第一に、権利関係の複雑さです。1つの楽曲や映像作品には、作詞・作曲・編曲・実演・原盤など、複数の権利者が関わります。売上が発生すると、それを誰に・どの割合で分配するかという計算が必要になり、契約ごとに条件が異なります。これは単純な表計算に落とし込みにくく、システム化の難易度を一気に引き上げます。

第二に、関係者の多さです。レーベル、出版社、制作プロダクション、配信事業者、音効担当者など、立場の異なるプレイヤーがデータをやり取りします。それぞれが独自のフォーマットでデータを出してくるため、受け取る側は毎回“読み替え”を強いられます。

第三に、データの非定型性です。配信プラットフォームごとに項目名も粒度も異なり、同じ楽曲でも表記が揺れます。こうした「汚れたデータ」を人手で突き合わせている限り、作業時間はいつまでも減りません。

「全部入れ替える」発想は、たいてい失敗する

DXというと、基幹システムを刷新して業務を一気にデジタル化する大規模プロジェクトを思い浮かべがちです。しかし中小規模の事業者にとって、この“ビッグバン型”のアプローチはリスクが高すぎます。要件定義に半年、開発に1年、そして稼働してみたら現場の実態に合わない——という失敗は珍しくありません。

私たちが勧めているのは、最も時間を奪っている一点に絞って自動化することです。多くの現場で、その一点は「集計」です。毎月、複数の分配元から届く売上データを手作業で集計し、突き合わせ、レポートにまとめる。この作業に数日かけている会社は少なくありません。ここを自動化するだけで、担当者は本来の企画や交渉に時間を使えるようになります。

例:著作権分配データの集計を自動化する

具体例として、音楽著作権の分配データ集計を考えます。複数の分配元から届くCSVを取り込み、楽曲ごとに売上を統合し、任意の期間やアルバム単位で出力する——文字にすると単純ですが、現実には識別コードの不一致や表記揺れが立ちはだかります。ある分配元では「楽曲A(feat. X)」、別の分配元では「楽曲A feat.X」と書かれていれば、機械的には別の曲として扱われてしまいます。

ここで効くのが、修正内容を“学習”する仕組みです。一度「この2つは同じ楽曲だ」と人が判断して修正すれば、次回以降は同じ差異を自動で吸収する。これを積み重ねると、手作業はどんどん減り、集計の精度は上がっていきます。完璧な自動化を最初から目指すのではなく、人の判断を仕組みに蓄積していく設計が、現場で生き残るDXの鍵になります。

現場が「使い続けられる」かどうかがすべて

どれほど高機能なシステムでも、現場が使わなければ意味がありません。エンターテイメント業界では、専任のIT担当を置けない事業者も多いため、「専門知識がなくても運用できる」ことが決定的に重要です。画面の分かりやすさ、エラー時の挙動、データの入れ替えやすさ——こうした“地味な使い勝手”が、DXの成否を分けます。

私たちが分析システムを設計するとき、機能の多さよりも「担当者が引き継ぎなしで翌月も回せるか」を優先するのは、このためです。DXは導入して終わりではなく、毎月・毎年回り続けて初めて効果が出ます。

まとめ

エンターテイメント業界のDXが進みにくいのは、現場の意識ではなく、権利・関係者・データという構造に理由があります。だからこそ、全体を一度に変えようとせず、最も時間を奪っている集計から自動化し、人の判断を仕組みに蓄積していく——この順番が現実的です。小さく始めて、確実に回るものを積み上げる。それが遠回りに見えて、いちばん早い道だと私たちは考えています。